オーディションや選考など、なにかしらで”選ばれる”というのは、いろんな要素がタイミングよく重なって天文学的確率で生まれたただの奇跡であり、自分に確固たる実力があることが証明されたからでも、万人にとってよりよいものであるからでもない。
注目を集める、というのも、ただそういうタイミングだったというだけで、状況が変われば的はすぐにすり変わる。
数年前にクソダサ認定されていたファッションが今はバリバリのトレンドとして大都会を闊歩していたりするわけで、選ばれるとか人気があるとかをアイデンティティの一部として信じる行為は、えらい儚く頼りない。
また、選ばれたものがあるという事実が存在しているだけで、選ばれなかった方が劣っているという解釈にはもちろんならない。
就活で落とされたのは会社が現状その人材を必要としていなかっただけで、全世界から永久に拒絶されることになったわけではない。
好きな相手に振られたからって、全世界の人間に嫌われてしまったわけではない。
でも望んでいる環境からはじき出されるのって、世界から拒絶されたくらいのショックが、あるよね〜
(人間はもっぱら、認識できる範囲のものしか自分の勘定に入れられない。)
“選ばれる”ことについて、去年の夏頃からずっと考えている。
去年は今よりSNSに張り付いており、初夏から秋にかけては大型フェスの選考に応募した同業者の喜びや落胆の文言をひたすら縦スクロールしていた。
自分が素晴らしいと思っているミュージシャンが選考でうまくいかなかったことに落ち込んでいるのを見ると、選ばれるってなんなんだろう、とこっちまでしょぼしょぼしてくる。
今回私は奇跡的に自分の熱望していた釣り針に超たまたまひっかかり、ナイスな景色をみることができた。
そして協力的な仲間のスケジュールが空いており、そのうえ大いに尽力してくれたおかげで、苗場までたどり着く事ができ、万全の状態で演奏に挑むことができ、寝床を確保することができ、そしてフジロックを大・エンジョイすることができた。
すべてはたまたま運が良かっただけである。
ここまでの文章はほとんど自戒のようなものですが、せっかくいただいたチャンスは存分に振り回すのがお作法やろとも思っていますので、自分の活動を楽しくよりよくするために、このままぶん回していきたいです。
以下、日髙晴野のEFTT(エンジョイ・フジロック・タイムテーブル)2026
☀ day1 ☀
14:00 苗場到着
14:50 MIZ
16:00 TESTSET
17:00 TURNSTILE
19:00 Hi-STANDARD
20:10 HYUKOH
23:00 和泉眞生
24:00 GeGeGe
25:00 就寝
☀ day2 ☀
11:00 起床
12:15 タデクイ
13:00 YUUF
14:00 特大昼寝 in 森
17:00 風呂
19:00 後発組と合流
21:00 機材準備、物販展開、アップ開始
22:00 A_Root同根生
23:00 mayu
24:00 演奏
25:00 物販対応
26:00 撤収
27:00 帰宅組の帰宅を見送る
28:00 RUBY FLASHMAN
30:00 就寝(気絶)
☀ day3 ☀
11:00 覚醒
11:50 んoon
13:30 揺らぎ
15:00 気絶
17:00 覚醒
18:00 ふろ
19:00 インスタ投稿動画作成
20:10 AMERICAN FOOTBALL
21:10 MASSIVE ATTACK
23:50 LAUSBUB
25:00 SYAYOS
26:30 苗場離脱
