TPOをわきまえた、分別のあるかもめ

Tシャツとジーパンだけの格好でカバンも持たずに飄々としているような人に憧れており、私もそのなりを真似てコートのポッケにすべての荷物をつっこんで出掛けていたら、財布を丸ごと落っことした。

モンゴルへ渡航する三日前だったのですが、パスポートがなくなるよりはマシやなと開き直りました。

落ち込んでいても財布は返ってこない!
淡々と遺失届を出しカード類をすべて利用停止させ、現実逃避のごとくモンゴル旅行へ行きました。

私はクレカ止めとったらまあ一旦大丈夫やろと思っており、同行者にも「お前財布無くしたん?やばいな!まあでもクレカ止めたなら一旦大丈夫やな!お金足りんくなったら貸したるし!」と心強いコメントをいただき、クレカ止めたからまあ一旦大丈夫の一点だけで安心しきってキャッシュ・オンリー・海外旅行を楽しみました。

この話を職場の人にすると「普通もっと焦りますよね?」とか「そもそも財布無くすか?」などと大いにびっくりされ、日髙さんはやっぱりおかしいと結論付けられる。それもそうやなと私も思う。

以前ならこのような「アンタおかしいよ!」的意見を真正面から受け止めすぎて、別に気にしていなかったことを気にするようになったりしていたが、同じ事柄でも人によって「普通」と「やばい」のサイズにはムラがあることにはっきり気がついてからは、無駄に気を揉むことが減った。

実際なくしものは焦ってたって出てこないし!
ちなみにお財布は1週間後、まるっときれいに戻ってきました。よかった〜

ただしここには例外があり、他人に迷惑をかけていたり信用を失ったりしている場面においては自分のやばさを自覚しないといけない。
「アタイが良ければすべてよし」といった独りよがりな強がりを人間関係上にも適用させていると、いずれ孤立した悲しい異常者が爆誕してしまうでしょう。
自立した孤独と他人が離れていった孤立は真反対のところにある。恐ろしいですね。

自覚している欠点を、自分はこういう人間だからしょうがないと決めつけてしまうのは勿体無い気がする。世界はもっとでかい。と思う!

自立と共感のバランス感覚をセンスの良いものにしていきたいと思う今日この頃です。